高校1年生の平野琴葉さんが、中学3年生の時に応募した「第25回小諸・藤村文学賞」で佳作第一席に輝きました。
この夏に長野県小諸市で表彰式がありました。
習い事も長続きせず、趣味も特になかった琴葉さんが、ヘアドネーションのために、髪を伸ばすことをきっかけに特技や趣味を見つけ、将来の夢を思い描いていきます。50センチ以上伸ばすわずらわしさに直面しながらも周囲に励まされることで、自分の活動の意義を実感します。そして、努力は自分の夢につながると…。
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「私の髪が夢をのせて」
加藤学園暁秀中学校 平野琴葉
ピアノによさこい、体操、水泳の習い事。飽き性の私は何か一つに留まることを知らない。趣味も今まで三日も続かなかった、典型的な三日坊主である。そんな私に襲い掛かるのは自己紹介の時のこの質問。「名前と趣味と特技を教えてください。」趣味も特技もないから「ない」としか答えようのない質問。そんな私の残念自己紹介を救ってくれたのが、現在進行形で取り組んでいる髪を伸ばして人助けにつながること。それはヘアドネーション。
別に髪を伸ばすことなんて、誰にでもできるから趣味や特技でもなくない?と思う人も多いけど、真夏は馬のしっぽを頭につけた感覚でむさ苦しいし、秋は泊りの学校行事があるから何かと不便。冬はマフラーの静電気で髪が傷む。春にはみんな揃ってイメチェンで髪を切るのに自分だけできない。全てを我慢して年を何度も越すことを「髪を伸ばすこと」の定義だと思ってほしい。続けることは趣味になりうるし、髪を伸ばす上で身につける技術(ヘアアレンジ)も特技になる。私にとってヘアアレンジは、同じような毎日を繰り返す学校生活を、少しでも新鮮にして自分を飽きさせないでくれるものだ。それに、だれでも髪を伸ばせるわけではない。去年亡くなられた小林麻央さんも闘病中に髪をなくした。生まれつきの体質や病気を患って髪がない人は子供から大人まで多くいる。そんな人々のために私の髪を使って思い切りオシャレを楽しんでほしい、そう思って決意したのは去年の十月。規定は三十センチ以上の長さ。既に余裕の長さだったけれど、私は一番ニーズの高い五十センチに挑戦しようと思う。人様のものになるなら、と髪が黒くなると言われるひじきも良く食べた。それまで偏り気味だった私の食生活は、一つの目標に向かって変化した。
突然だが、ヘアドネーションは、何人の髪の毛で一つのカツラができるか知っているだろうか?答えはおよそ三十人。同じ髪質が三十人揃うと一人分のカツラが完成する。もし、髪を切ろうと考えているなら立ち止まってみて。ヘアドネーションは年々、芸能人の影響や流行りのショートスタイル、SNSの普及により応募者は増え続けているという。それもそのはず。ボランティアで老人ホームに行った際、自己紹介で私は「ヘアドネーションに参加しようと思っている」というと八十を超えるお婆様方がうんうんとうなずきながら聞いてくれて、髪を触って「綺麗だね、頑張って」と言ってくれた。ヘアドネーションは年代を問わず認識されていて、それに挑戦する自分が少し誇らしく思えた。応援され褒めてもらえることは、ドネーションする側にとって、もっと良い髪を育てたいと思う活力になる。実は私はこの一年の間で諦めかけそうになったことがある。髪は今四十センチくらい。あと十センチ。人間の髪は一か月におよそ一センチ伸びるから早くてもあと十ヶ月はかかる。心が折れそうなとき、支えてくれたのは私が去年ヘアドネーションすると誓った人々だった。「切りたければ、切れば?」と脅してくる父。「もう後少しじゃない」と後押ししてくれる母。今回の老人ホームでの応援の一言も私を奮い立たせてくれた。自分本位ではいけない。この挑戦は、大袈裟だけど自分との戦いでもあった。
自分が同じように病気になって髪を失ったら、きっと自分の今からすることを誇りに思う時が来ると思う。病気もあまりせずに健康に育ったからこそできること、学生時代にゆっくり時間をかけて取り組める事をしたいと思っていた。現時点での私の夢は、看護師になること。亡くなった祖母の職業は看護師だった。家ではニコニコしているか、家事をしているかの二択しか見たことのなかった私は、祖母が看護師のリーダーとして働く姿、職場では常にキリっとしていた顔に失礼だけど驚いてしまった。私は血液検査の時、血管が見つかりにくいと言われるが、祖母は私の腕から一発で探し当てる。そんなギャップを受けて、私は初めてこういう人になりたいと思った。祖母のかっこいい看護師の背中に私は憧れた。ゆくゆくは今学んでいる英語を活かすため、海外で日本人看護師として働く国際看護師になろうと思う。その一環として、医療に少しでも携われるボランティアがしたいと思って見つけたのがヘアドネーションだった。
今では私の夢、近い将来でもあるヘアドネーション。本当の夢にたどり着くまでにもどかしくて苦しい時間があったとしても、初心を思い出して、自分を甘やかさず乗り越えていく力をつけたいと思う。一つ叶ったらまた一つ上の夢を叶えて、またどこかで人のためになりたい。ヘアドネーションを国内外で広げる発信者になりたい。一人でも多くの人の夢が早く叶いますようにと願って。